YORIAI 1-1-1 VOL.3

「1つの言葉が開いた、豊穣なレースの世界」

語り部:伊藤眞砂子(ファゴッティングレース作家)


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1つの言葉で開かれた、レースの世界。

冨田:
伊藤さん、本日はどうぞ宜しくお願いします。
そもそも、先生とレースとの出会いはなんだったのでしょうか?

伊藤(敬称略):
トルストイの小説「アンナ・カレーニナ」を読んだときに、その後半で次のような下りがあります。
不倫などからの苦悩によって、アンナが自殺を計ろうとしたときのことです。
アンナが停車場近くをさまよっているシーンがあるんですが、そこで、アンナのレースを見た侍女たちが「本物をしてるわよ」って言う一文があるんです。
それを読んで、すごくひっかかったんですね。レースには本物や偽物があるのかしら?と。
でも、注釈も何もなかったので、どうしてそうした台詞が書かれたのか、全く意味がわからなかったんです。
それが、ずっと疑問にあったんですね。

冨田:
それが、レースを意識しはじめた入り口ということですね。

伊藤:
その台詞は気になったままになっていたのですが、30歳になったころに、乱視になって、
日本刺繍をそれまでずっとやっていたのですが、糸が綺麗に刺せなくなってしまったので、日本刺繍は諦めなければならなくなりました。
それで、何をしようかと思ったときに、この機会に、かねてから気になっていたあのレースについて調べてみようと思ったわけです。

冨田:
そうだったんですか。

伊藤:
はい。ですが、当時は本当に何の情報もなかったんです。今みたいにインターネットもなかったですし。
アンナ・カレーニナのなかで「本物」と言われるくらいなのだから、おそらく、手仕事のものではあるだろう、と。
それくらいのことしか見当がつきませんでした。

そうしているうちに、ちょうどレースが載っている写真を見つけました。
その写真を見ながら、試行錯誤で作ってみようとやってみたんです。
ただ、やり方なんかが掲載されているわけではなかったので、自分のそれまでの知識なんかを活用しながら、見よう見まねでやってみたわけです。

冨田:
伊藤さんのレースは”ファゴッティングレース”とされていますが、ファゴッティングとはどのようなレースなのでしょうか?

伊藤:
ファゴッティングという言葉自体は、中世の英語らしいんです。
ファゴッティングは、オープンワークシームスと呼ばれる部類に入るのですが、つまり、布と布とを糸でかがるような技術の部類のことを言います。
2枚の布を合わせるのに、装飾的なかがり方をするものを、”ファゴッティング”と呼ぶのだと知って、
それで、私自身がやっているのもファゴッティングに入るな、と思ってその言葉を使うようにしました。

冨田:
そうなんですね。

伊藤:
ただ、ヨーロッパの資料を調べると、ファゴッティングという言葉はどこにも見当たりません。
実際存在したとしても、”ファゴッティングレース”というものは、ヨーロッパにはないんです。

冨田:
そうなんですか。

伊藤:
はい。ヨーロッパに行ったときに初めて知ったのですが、本場ヨーロッパでは、レースというものは、糸だけで成り立っているものを指すんです。
私の作品のように、一部に布を使っているものは、オープンワークシームスであったり、刺繍のカテゴリーに近くなったりします。

冨田:
知りませんでした。

伊藤:
はい。日本は、穴が空いて透けていれば、なんでもレース、というふうに考えられたりしますが、ヨーロッパではレースは厳格に分けられています。

 

冨田:
厳しいのですね。

伊藤:
フランスのコルマールで作品を展示したときも、あちらの方に、”これはレースっていうんですか?”と質問されて。
言葉がうまく出なかったこともありますよ。
なので、私のファゴッティングレースは、自分で勝手に、気ままにやったというところがあります。(笑)

冨田:
他のものを積極的に取り入れるというのは、日本人の得意なところでもありますよね。

伊藤:
そうかもしれないですね。

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レースと権力

冨田:
簡単にレースの歴史を教えてもらますか?

伊藤:
16世紀頃からレースが出てくると言われています。
レースの一番のもとは、イタリアのニードルポイントレース(糸と針のみで作られたレース)だと考えられています。
ニードルポイントレースは、本当に高価なものでしたので、当時の王侯貴族にとって、
レースをどの程度身につけているかは、そのまま、自分の権力や地位を社会へ示すものでもあったんです。

冨田:
すごい価値ですね。

伊藤:
王侯貴族は肖像画を残しますよね。
彼等は、肖像画を画家たちに描かせるのですが、その時、身につけていないレースもリアルに描くことができる画家が非常に重宝され、
そうした画家こそが当時出世したとも言われています。それほどレースは社会的ステータスを表すものでした。
またレースは、身分階級によっても注文できるものが変わっていたようです。

冨田:
そんな歴史があるんですか。

伊藤:
よく王侯貴族の男性肖像画に、レースをつけているものがありますよね。
日本人からしたら、男のくせにレースなんて女々しいな、って思うかもしれませんが、
それはステータス、力を表しているものなのですよ。

冨田:
だから男性もレースをつけているんですね。

伊藤:
はい、レースはすごい貴重だったのです。
マリーアントワネットのお母さんであるマリア・テレジアが、総レースのドレスを作ったんですが、一体このドレスで何が買えたと思いますか?

冨田:
なんでしょう。ベンツですかね!?(笑)

伊藤:
ちょっと小さいですね。(笑)
実は、お城が買えたそうです。

冨田:
お城!それはすごいですね!

伊藤:
私が今、レースを作るとなると、ちょっとやるだけでも実は結構時間がかかるんです。
ですが、ダイアンさん(レース鑑定家・コレクター)に聞いたところ、かつてレース産業が盛んだったころ、
レースショール1枚、どの程度の時間で作ってたんですかって聞いたところ、1週間です、って答えられて。
びっくりしましたよ。私は到底そんな時間で終わりませんので。
当時はすべて、分業だったそうです。多くの人が1つの作品を作ることに携わっていたので、時間的にも早く生産出来たんですね。

冨田:
大掛かりな産業だったんですね。

伊藤:
女性が当時収入を得るという方法は多くはありませんでしたので、レースは稼ぐための格好な仕事だったようです。
女性は4歳ぐらいにもなれば、もう針の作業をしはじめていたようです。
小さいころから細かい作業をずっとやっていたので、二十歳くらいには目が見えなくなってしまった方も多くいたそうですよ。

冨田:
過酷だったんですね。

伊藤:
過酷な労働が生まれるほどに、レースは生産国にとって、非常に重要な産業だったのです。
イタリアにとっては、レースは国家財政を支えるものでもあったので、技術を持っている人たちを流出させるということにはとても神経を使っていました。
一方フランスは、レースを買うことでお金の流出が激しく、一時期は国家が傾くレベルにもなったそうです。
ですのでフランスは、なんとか国内にレース工場を作ろうとし、イタリアから技術者を引き抜いたようです。
今でこそレースはフランス、というイメージがありますが、もともとはイタリアなんです。

 


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実はレースの起源は、アジアに?

冨田:
アンティークレースにはどのような素材が使われていたのでしょうか?

伊藤:
レースの素材は、主に木綿と麻でした。特に、麻が一番使われていたそうです。
麻の良質な繊維が取れたのは、ベルギーだったそうで、本当に細くて質の高い麻繊維があったと言われています。
また、ベルギーは高度な漂白技術を持っていたので、そうしたこともあってベルギーはレース素材の生産国として名を馳せました。
アンティークレースには主に白のレースと、黒のレースがありますが、黒色レースの素材は主に絹が使われています。

冨田:
素材によって使い分けがあったんですね。

伊藤:
ただ、実は太古のレースは、木綿や麻ではなく、絹だったんですよ。

冨田:
そうなんですか!?

伊藤:
はい。しかも、その世界最古クラスのレースがあるのは、実は日本なんです。

冨田:
ええ!日本ですか!

伊藤:
はい。どこにあるのかと言いますと、奈良の唐招提寺にあります。
唐招提寺は、鑑真が設立したお寺ですが、鑑真は日本に仏教を広めるために、お釈迦様のお骨を中国から日本に持ち込みやってきます。
この時のお骨(仏舎利)を入れるガラスの壺を包んでいたのが、ニードルポイント技法によるレースだったんです。
そしてこのレースの素材は絹で、草木染めが施されています。レース界では有名な話なんです。

冨田:
そうなんですね。ここアジアにもレース技法があったんですね。

伊藤:
これは私の勝手な推論なんですが、なぜ中国ではレースがヨーロッパ程に発展していなかったのかを考えてみると、
中国は当時とても文化が進んでいたので、ニードルレースなどよりも、羅織や紗織などの織物技術を発展させていくことに力を費やしたのではないかな、と思っています。

冨田:
レースといいますとヨーロッパで生まれたというイメージが強かったですが、
必ずしもヨーロッパだけで完結する単純な歴史ではなかった、とも考えれるのでしょうか?

伊藤:
色々な研究者が色々なことをおっしゃっていますが、私は、そういう風に思いたいですね。
レースという技術がシルクロードを渡ってヨーロッパに伝わり、そこで花開いた、と。
なので、その起源にはアジアも関係していたのではないかなと。

冨田:
そうですね。そう思うと、レースも身近に感じることができますね。

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試行錯誤で、自分らしいレース作り

冨田:
唐招提寺にある太古のレースも絹糸ということですが、伊藤さんの作品も、基本的には絹糸を使っているのですよね?

伊藤:
はい。絹以外の繊維も使ってはみたのですが、残念ながら毛羽立ってしまうんですね。
レースは、透けることが重要ですが、毛羽立つと、透けている部分が繊維で埋まってしまうんです。なので、毛羽立たない絹を使っています。

冨田:
絹は長繊維なので、木綿や麻のように毛羽立ったりはしないですね。

伊藤:
私自身、もともと日本刺繍をやってましたから、釜糸をたくさん持っていました。
取り組み始めたころは、その釜糸を撚ってレース作りをやっていましたが、一つ一つ撚りをかけていると非常に時間がかかります。
なので、市販で売っている絹糸を使えばいいのではと思って、穴かがり糸、手縫い糸、ミシン糸、この3種類を使ってやり始めました。
そうすると結構、色々な表現が出来たんです。

冨田:
本当に、試行錯誤だったんですね。

伊藤:
はい。なにせ師匠がいないのでね。何をどうしたらいいか、全く分からないんですよね。
なので、とりあえず、自分の思い描いているレース作品を実現させるためには、身の回りにあるものを活用して、どうやったら出来るだろうって考えるわけです。

冨田:
レース技法が知られていない中で、身の回りにある素材で試行錯誤して作り上げたとは、本当に凄いですね。

伊藤:
身の回りにあるものは、色々活用しています。
例えば、私の作品では、モチーフの輪郭部分に縁取り的にシルクの布を使っていますが、これは着物地を使っているんです。
母は着物が好きで色々持っていましたし、私も日本刺繍をしてましたから、着物地は身近にありました。
着物はいい色がいっぱいありますよね。そうした色を生かそうと、着物地から紐を作って縁取っているんです。

冨田:
伊藤さんの作品のデザインも本当にユニークですが、これらのデザインはどんな風にイメージされているんですか?

伊藤:
最近だと、テレビ放送されたドラマの、ダウント・アビー(イギリス貴族の話)ですかね。
その中に、レースをあしらった服が、本当に色々と出てくるんです。
私はこのドラマを録画して、繰り返し見たりしながら、ああ、あんな作品が作れたらいいな~と思ったりしています。

冨田:
そういうこともインスピレーションになっているんですね。

伊藤:
専門的に美術の勉強をしたこともないので、デザインといっても、あまりよくは分からないんです。
でも、ガラス瓶や、お花、昆虫など、本当に身近にあるものをモチーフにしています。
それでも、アンティークレースを初めて手に取る機会があったのですが、その時は、あまりの繊細さに放心状態になったんですよ。
ガラス越しに見ることはあっても、はじめて自分の手で触れたときは「これが本物のレース!」という圧巻でした。
自分がそれまで想像だけで思い描いていたレースとは、実際にはこんなに繊細だったのかと思った時に、もう私、止めようと思ったんです。

冨田:
そんなこともあったんですか。

伊藤:
はい、ありました。でも、やっぱり手仕事が好きだったんですね。
それに、すでにそれまでの間、20年近く試行錯誤して自分なりにレースを作っていましたので、私は私なりにやればいいのかな、と思い直して、それからずっと続けています。

冨田:
レースというと、真っ白なイメージがありますが、伊藤さんは様々な色を使われていますよね。

伊藤:
私はかつて日本刺繍をやっていたこともあって、色物が大好きなんですよ。
アンティークヨーロッパレースのように、白糸や黒糸だけでレースを表現するということは、私はちょっと違うかな、また上手ではないと思ったんです。
色を使いながらレースを作ったら面白いんではないかな、と。それで勝手に始めました。

冨田:
色を使ったレースというのは珍しいですよね。

伊藤:
でも中世の頃にも、存在はしていたらしいんですよね。
ただあまり残っていないんです。白や黒に比較したら、圧倒的に少ないんです。

冨田:
お話を聞いていると、伊藤さんがいかにパワフルな方かが伝わってきますが、
これからの目標などありますか?

伊藤:
そうですね。ここ最近嬉しいことは、若い方でファゴッティング・レースをやっていきたいという方が生まれていることです。
去年、戸田未果さんがアクセサリーのファゴッティングレースで独立して、coicaru(http://coicaru.blogspot.com)というブランドで、活動されていらっしゃいます。
若い人たちのデザイン力や自由な発想で、色々な面白いものを作ってるんです。そうした人が生まれることが一番嬉しいですし、これからの楽しみです。

冨田:
伊藤さんのレースに対する想いが、時間を超えてつながっていったら、とても素敵ですね。

伊藤:
そうですね。「アンナ・カレーニナ」の ” 本物のレース” という言葉に出会ったおかげですね。
この言葉に出会ったことで、私の生きてきた道は楽しくなりました。
レースを通じて様々な人に出会えた、出会えるということが、とっても幸せだと思っています。

冨田:
私たちも、レースを通じて伊藤さんにお会い出来、とても嬉しいです。
本当に素晴らしいお話をありがとうございました。

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次回予告
YORIAI 1-1-1 VOL.4  語り部: 画家・石原 七生
8/10(FRI)19:00~
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衣食住を楽しく彩るためのモノづくりをしている様々な方々に、青山とみひろ店長 冨田和司が、
それぞれのストーリーを尋ねながら、手仕事のこれからについて寄合形式で考えるプロジェクト「YORIAI1-1-1」。
1-1-1とは「青山とみひろ」が青山1丁目1番地1号に位置していることに因んでいます。
第4回目は、新進気鋭の画家、石原七生さんを語りべにお迎えします。

※ YORIAI1-1-1は、ずっと大切に使うためのモノづくりを大事に考えています。
当日は、是非あなたの”大切なモノ”を身につけて起こしください。そのストーリーを是非教えてください。

イベント概要
日 時:8月10日(金)第二部 19:00~21:00
場 所:青山とみひろ(東京都港区 南青山1-1-1 新青山ビル西館1F)
※青山一丁目駅(東京メトロ銀座線・半蔵門線、大江戸線)直結のビル1Fです。

入場料:
事前予約:1500円 (1ドリンク、おつまみ付) ※9日迄のお申込を、事前予約とさせて頂きます。
当日受付:2000円 (1ドリンク、おつまみ付)
学生:無料

お申込:青山とみひろ→ TEL :03-6804-1051       Mail: t.aoyama@tomihiro.co.jp
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