地中海の幻〜貝紫〜

幻の染


“ローマの武将シーザーは貝紫の衣をまとい、

エジプトの女王クレオパトラは豪華船の帆を貝紫で染め、

アントニウスのもとへと…”

(プルターク「英雄伝」)


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 ・・・

貝紫の歴史は

約3600年前、地中海の海洋国フェニキアまで遡る。

永い歴史のなかで幾多の逸話を彩った

最古の染色「貝紫」

・・・

その染料1gを採るために

2000個の貝を必要とするというその希少性。

ゆえに太古より非常に珍重され、「王」にのみ許された色でした。

アレクサンダー大王、シーザー、クレオパトラ…限られた者のみが

自らの権力の証として、或いは永遠の英知と美の象徴として、

貝紫を、その身に纏ったのです。

しかし…

東ローマ帝国の滅亡とともに、貝紫はこつ然と歴史から姿を消します。

・・・

時は経ち約400年後…

幻の貝紫は、ある学術論文をきっかけに奇跡的に発見されます。

それはメキシコの先住民「ミステカ族」の中にありました…


花嫁のために命をかけたミステカ族の男たち


1

ミステカ族は

メキシコオアハカ地域の山岳地帯に住む先住民。

その昔、ミステカはメソアメリカの主要文明の一つでした。

その古くから伝わる彼ら先住民の慣わしの一つに

村の男性が自分の愛する許嫁(いいなずけ)のために

自らの生命(いのち)を懸けて貝紫の糸を染める

とても危険な旅に行かなくてはなりませんでした。

村から300㎞も離れた海岸までの長く厳しい道のり。

荒波打ち寄せる岩壁での染色。

波にさらわれ、岩に打ちつけられ、

何人もの男たちがこの海で命を落としました。

しかし、この岩壁に棲む貝から採れる染料こそ

東ローマ帝国の滅亡以来、幻となっていた貝紫だったのです。

 

 

2

熱帯の灼けつく太陽のもと命懸けで染められた糸は、

愛する許嫁の女性へと手渡され、

「ポサワンコ」と呼ばれる伝統的な衣装へと美しく織り上げられます。

それは永く受け継がれてきたミステカ族の掟であり、「婚約の印」でした。

こうして数千年もの間、この神秘の染色は伝承されてきたのでした。

このポサワンコは母から娘へ、娘から孫へと、

世代を越えて受け継がれていくのです。

ミステカ族のポサワンコ
貝紫の堅牢度が極めて高く、退色がほとんどありません。JIS検査の結果、その総合堅牢度が最高の5級であることが証明されています。

3

しかし、時代の流れは、容赦なく瞬く間に人々の文化を変えてしまいます。

現地メキシコの近代化に伴い、

海は観光用に開発され、海洋生物に多大な影響を及ぼしました。

一方、生態系を守るための保護条約が定められ、

ミステカ族はこれまでのように貝を採ることはできなくなりました。

その結果、

わざわざ身を危険に晒して愛する人のために染料を

採るという風習を代々続けることは困難になりました。

さらに、化学染料が普及したことで、

化学紫を使ったポサワンコが“伝統民族衣装”として露店に並び始めます。

そうして、彼らミステカ族が

数千年守り続けてきた貝紫染の風習は

「遺産」となってしまったのです…

…そして

貝紫はまた「幻の染」となってしまいました…

よみがえる幻の貝紫


4

かろうじて残った貴重な貝紫の糸は、

その後メキシコから日本へもたらされ、

偉大な貴族がこぞって愛したように、

多くの人々を魅了しました。

数年前に惜しくも閉店した「青山みとも」とともに、

貝紫は再び歴史から消えようとしていたのです。

が、そこへ、私たちとの縁が繋がります。

実は今日ここにある貝紫は、その「青山みとも」から、

縁あって全て私たちへ引き継がれたもの。

私たちに託された責任は重いと感じています。

紀元前から最古にして最高の染料として

歴史を彩ってきた貝紫、

その貝紫を唯一受け継ぐのは、私たちのみとなりました。

◆◆◆

貝紫の持つ風合いを損なわずに織ることは

それは想像以上に困難を要します。

老舗織元や著名作家ですら頭を抱え、製作を断られることもしばしば…

また、「私たちにしかできないオンリーワンの作品づくり」のモットーから

ロット生産を拒み、同じものを二つと作ることはありません。

確かな職人の手仕事と試行錯誤を経て

一点一点新しい貝紫作品を作っています。

 貝紫紬着尺


とみひろ